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琳派を代表する絵師たち その三

山本光一

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山本光一は1843年生まれ1905年没の、酒井抱一から始まったとされる江戸琳派最後の画家と言われています。江戸琳派は、装飾性の豊かな琳派の絵に、江戸独特の洒脱さを加えたものが特徴です。山本はその技法を受け継ぎ、草花図や人物図、屏風絵など幅広い作品を数多く残しています。 山本は明治に入ると絵だけでなく、起立工商会社に入って蒔絵を取り入れた洋器や漆器のデザインや器の形までを決めるなど、さらに仕事の幅を広げています。その後は金沢で後進の育英に努め、伊藤光雲や石崎光瑤など門人の画家には光の一文字を与えています。 山本の図案は現在749点あり、名が分かるものとしては日本最多数です。山本の滑稽百鬼夜行絵巻は、動物や道具の妖怪が人間のように振舞う様がユーモラスに描かれている作品です。

尾形光琳

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酒井鶯蒲(さかい・ほう)は文化5年(1808年)、浄栄寺の香阪壽徴の二男として生まれました。幼少時の通称は八十丸です。文政2年(1819年)には酒井抱一の養子となり雨華庵唯信寺の後継者となります。号は伴清、雨華庵、獅子丸、獅現などがあります。 酒井鶯蒲の代表作は「酒井抱一像」(シアトル美術館蔵)、「六玉川絵巻」(バークコレクション)、「扇面散図屏風」(東京国立博物館蔵)などがあげられます。早世したため、残された作品は多くないとされていましたが、近年の調査で量・質ともに充実した発見が行われたためにこの説は覆されました。抱一とは非常に良い師弟関係を築いていたようで、抱一のことを「御父様」と呼んでおり酒井姫路家からお咎めをうけたというエピソードも伝わっています。

本阿弥光悦

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本阿弥光悦は琳派の創始者のひとりであり、安土桃山時代から江戸時代にかけて活躍した芸術家です。本阿弥光悦の場合は非常のマルチな才能をもつ芸術家でした。その才能は絵画のみならず、文筆家、陶芸家としても発揮されました。 光悦の作品の中でも特に『楽焼片身替茶碗 銘「不二山」』と『舟橋蒔絵硯箱』という作品は有名です。この2種の作品はどちらも国宝として指定されています。前者は長野のサンリツ美術館に、後者は東京国立博物館にそれぞれ展示されています。そのほかにも光悦が手がけた陶器や庭園などは国の重要文化財に指定されているものもあります。

村越其栄

村越其栄は、江戸時代の末期に活躍した絵師です。屏風等を主に手掛けており、花を中心とした作品を多く手がけました。代表作としては夏秋草図屏風があります。この作品は夏から秋にかけての草花を前面に描き、季節の移り際を繊細に示した作品です。 村越其栄は鈴木其一から琳派を学び、独自の作品を作るようになりました。活動拠点には千住を選び、寺子屋を作って活動していました。60歳で亡くなるまでに、多数の作品を手掛け、四季草花図のような作品も残しました。 今でも千住の琳派として知られており、展覧会が開かれることもあります。ちなみに息子の村越向栄も絵師として活躍し、父の名に恥じぬ作品をいくつか手がけました。親子揃って琳派を作ってきたことも有名な話です。

酒井抱一

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酒井抱一は1761年に姫路城主である酒井氏の次男として生まれています。姫路藩は有力な大名家でしたが、次男であったことと兄の宋雅も芸術に理解があったことで、俳諧や絵にのめりこむようになります。そして兄の死後、37歳のときに武士の身分を捨てて出家しました。 抱一は40歳のころに光琳の絵と出会い、琳派の名手として名前を轟かせるようになります。抱一が好んだ題材に、日本ならではの四季がありました。「月に秋草鶉図屏風」(山種美術館所蔵)や、光琳の「風神雷神図」の裏に書かれていた「夏秋草図屏風」(東京国立博物館所蔵)などが抱一の代表作です。俳諧をたしなんでいたことからも、琳派の中でも季節感の演出では抱一に定評があります。没年は1828年です。

深江芦舟

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深江芦舟は1699年生まれ1757年没の、江戸中期の絵師であり、晩年の尾形光琳に師事したと伝えられています。出自は京都の銀座役人の長男でしたが、16歳のときに父が銀座事件にかかわったことで遠島に連座となり、その後絵師を志したといわれます。芦舟の活躍期間は短く、現存している作品も少ないことから、詳しいことがあまりわかっていないのが事実です。 芦舟の代表作に、東京国立博物館に所蔵されている重要文化財の「蔦の細道図屏風」があります。『伊勢物語』に取材したもので、在原業平が寂しい山道で知り合いの修行者に出会い、恋人への歌を託す場面です。念入りに琳派特有のたらし込みを行って植物を詳細に描くとともに、誰も正面を向いていないことで孤独さを演出する構図がとられています。

池田孤邨

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池田孤邨は1801年生まれ、1861年没で、鈴木其一とともに、酒井抱一の弟子の中で才能があった人物として知られています。最晩年には『抱一上人真蹟鏡』や『光琳新撰百図』などといった琳派の継承の動きにも熱心に取り組んでいました。池田孤邨の作域は幅広く、野太い筆致を見せるものから繊細な筆使いまでバラエティーに富んでいます。 代表作のひとつは遠山記念館に収められている「百合図屏風」で、表の金地に密生した鉄砲百合を、裏の銀地に小さく咲く百合を描いています。部屋を区切り表裏が注目されることになる屏風の性質を生かした作品といえます。板橋区立美術館に収められた「浮世美人図」では、寛永時代の絵に得た着想を、琳派の技巧でアレンジしています。

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